フォーカシングマスク
望遠鏡の前にピント合わせのマスク(バーティノフマスクなど)を付けたときの星の像を、開口とマスクの形のとおりに波長ごとの回折で計算します。ピントをずらすと、光条や穴の像がどれだけずれるかを、カメラの映像・グラフ・横から見た光の通り道で確かめられます。
映像の明るさの倍率。上げるほど芯が飽和し、暗い光条が見えてくる
リニアはカメラの撮って出し(芯が飽和する)。asinh は暗い所を持ち上げ、芯と光条を 1 枚で見せる(Lupton ほか 2004)
カラーは星の色のまま、モノクロは明るさだけで描く
ここへ画像をドロップ
画像の明るさがこの値より明るい所を「白」、暗い所を「黒」とみなす(境目は少しぼかす)
画像の白い所と黒い所の、どちらを穴(光を通す所)にするか
円の中だけは、鏡筒の円い口の中に画像を重ねる。画像のままは、画像の正方形をそのまま開口にする(鏡筒の口・中央遮蔽・スパイダーを使わない)
中央の格子と斜めの格子のなす角。大きいほど光条のずれが大きいが、X が開いて交点が読みにくい。Bahtinov は約 20°。トライ・バーティノフは 10°。キャリーは左の 2 区画の開き(右は 10/12 倍)
焦点距離 ÷ 格子の周期(スリットと桟を合わせた幅)。大きいほど格子が細かく、光条の点が中心から離れる。150〜200 が目安
マスクを鏡筒の軸のまわりに回す角度。スパイダーの光条と重ならない向きにすると読みやすい
区画を分ける桟(マスクを支える板)の幅。桟が光をさえぎるぶん、区画の重心が外へ寄り、光条のずれが少し大きくなる
バーティノフの斜めのスリットを、2005 年の原図の向きか、その逆に傾ける。逆向きにすると光条のずれが小さくなる
ハルトマン・シャイナーの穴の直径(口径に対する割合)。穴は口径の 60 % の円の上に等間隔に並べる
横方向は、センサーの位置のずれを拡大しています。区画ごとの光は焦点で 1 点に集まり、センサーが焦点からずれると別々の所に当たります。この当たる所のずれが、光条や穴の像のずれになります。
対物(主鏡)の有効径
望遠鏡の合成焦点距離。F 値(焦点距離 ÷ 口径)が大きいほど、ピントの合う範囲が広く、光条のずれは小さい
副鏡の影の径 ÷ 口径。中央遮蔽があると区画の重心が外へ寄り、光条のずれが大きくなる
光軸がずれたときに出るコマ収差の大きさ(RMS、λ = 550 nm)。トライ・バーティノフでは、3 組の光条が同時に合わなくなる
縦と横でピントの位置が違う収差の大きさ(RMS、λ = 550 nm)
星の光を黒体放射とみなしたときの温度。6500 K で白、低いと赤く、高いと青い
大気のゆらぎで広がった、長い露出の星像の半値幅。0 で大気なし
カメラの画素の一辺
- 臨界焦点範囲
- ±2λN²(λ = 550 nm、レイリーの基準)
- 星像の大きさ HFD
- マスクなし、ピントのずれも含む
- 1 次の回折の間隔
- 格子の周期
動作原理と式
星の像
星は十分に遠いので、望遠鏡には平らな波面の光が入ります。焦点面の像は、開口を通った光の場のフーリエ変換の強度です(フラウンホーファー回折)[1][2]。マスクは、開口の光の場に掛ける透過率の模様として入ります。
- 開口とマスク透過率 (0〜1)を格子に描く
- ピントのずれの位相波長ごとに掛ける
- 2 次元 FFT焦点面の光の場
- 強度を足す波長ごとの色の重みで
- カメラの画素面積で積分し、シーイングで広げる
- 開口の透過率。鏡筒の口・副鏡の影・スパイダー・マスクを掛け合わせたもの
- 波面のずれ(長さ)
- 開口の中心からの距離。縁で 1
- ピントのずれ。センサーが焦点より奥なら正
- F 値。 は焦点距離、 は口径
- 2 次元のフーリエ変換
ピントのずれは、開口の縁で になる放物面の波面のずれとして入れます[3]。λ = 550 nm で 1 波長分のずれは、f/5 で 110 µm、f/10 で 440 µm に当たります。
波長と色
格子で曲がる光の角度は波長に比例します。そのため白い星の光条は、内側が青く外側が赤い虹色の筋になります。400〜700 nm を 16 の帯に分けて波長ごとに計算し、星の色の重みで足し合わせます[2]。
- 星の光の強さ: 色温度 の黒体放射(プランクの式)
- 色: CIE 1931 の等色関数の近似で XYZ に直し、sRGB にする[4]
- 白の基準: 6500 K の星を白にする
焦点面の画素の角度 を全部の波長でそろえるため、開口の標本の幅 を波長ごとに変えます。 は FFT の大きさです。
は、周期 の格子の 次の回折光がセンサーの上で中心から離れる距離です。 を決めると、焦点距離にも口径にもよらず同じ距離に出ます。B = 150、λ = 550 nm なら 1 次の光は 82.5 µm です。スリットと桟の幅が同じなら、2 次・4 次の光は消えます。
マスクの形
| マスク | 開口の模様 | 既定値 | ピントが合ったとき |
|---|---|---|---|
| バーティノフ[5][6] | 半円にスリット、残りの四分円 2 つに ±θ 傾けたスリット | θ = 20°、周期 f/150 | 中央の光条が X の交点を通る |
| トライ・バーティノフ[7] | 120° の扇 3 つに、それぞれバーティノフの模様 | θ = 10°、周期 f/150 | 3 組がそろって合う(光軸が合っているとき) |
| キャリー[8] | 四分円 4 つに斜めのスリット。左右で開きが違う | 開き 12° と 10° | 2 つの X が対称に重なる |
| ハルトマン[9] | 穴 3 つ | 穴の径 0.36 R | 3 つの像が 1 つになる |
| シャイナー[10] | 穴 2 つ | 穴の径 0.36 R | 2 つの像が 1 つになる |
バーティノフマスクは P. Bahtinov が 2005 年に考えました。斜めのスリットの角度は、本人が「約 20°」と書いています[5]。周期(スリットと桟を合わせた幅)を焦点距離の 1/150〜1/200 にする目安は、2008 年に英語圏へ紹介した D. Sakva によります[6]。
光条のずれとピントのずれ
開口の一部 を通った光の像は、ピントがずれると、その部分の重心 に比例してずれます。格子の回折光は格子の向きに並ぶので、区画ごとの光条は「ずれた点を通り、格子の向きに伸びる直線」になります。
半円の重心は中心から 2D/(3π)、四分円の重心はその点を斜めに置いた所にあります。これから、中央の光条と X の交点の距離 が求まります。
桟のないマスクでは、この式は像を計算して光条の位置を測った値と 1 割以内で合います(このツールのテストで確かめています)。桟があると区画の重心が外へ寄るので、ずれは少し大きくなります。中央遮蔽も同じで、遮蔽率 の円環の半分では重心が 倍の所に移り、ε = 0.35 でずれは約 9 % 大きくなります。斜めのスリットを逆向き(「>」の形)に傾けると、 の符号が変わり、感度が下がります。
解析ソフトで広く使われている式は、N. Noordhoek の Bahtinov Grabber のものです[11]。θ = 20° で、上の式より約 1 割大きい値になります。
ハルトマンとシャイナーのマスクでは、穴の像の間隔が、穴の中心の間隔 に比例します。
穴が 2 つでは、焦点の手前と奥で同じ並びになり、どちらへずれたか分かりません。穴が 3 つなら三角形の向きが逆になります。
JWST の主鏡と画像のマスク
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の主鏡は、六角形のセグメント 18 枚でできています[14]。星の像に出る 6 本の大きな光条はセグメントと開口の縁から、横の細い 2 本は副鏡を支える縦の支柱から生まれます[15]。このツールでは、次の形を開口として描きます[16]。
- セグメント: 対辺 1.32 m の六角形を 7 mm の隙間で 2 重に並べ、中央の 1 枚を除いた 18 枚
- 副鏡の支柱: 幅 0.1 m の 3 本(上・右下・左下)
- 口径: 外接円の径。中央遮蔽とスパイダーは使わない
画像のマスクは、画像の明るさをしきい値で白と黒に分け、光を通す側の透過率を 1 にします。「円の中だけ」は鏡筒の円い口の中に重ね、「画像のまま」は画像の正方形をそのまま開口にします。
ピントが合っているとみなす範囲
波面のずれが 1/4 波長(レイリーの基準)までなら、ピントが合っているとみなします[3]。この範囲は臨界焦点範囲とも呼ばれます。出典によって定数が 2〜3 倍違うので、計算結果にはどの定数を使ったかを添えます。
解析ソフトの Bahtinov Grabber は、もっと狭い を合焦の判定に使います[11]。
この範囲の端での光条のずれは、上の式で約 λN です。f/5 では 2.8 µm で、3.76 µm の画素の 1 画素に足りません。目では見分けにくいので、解析ソフトは光条全体に直線を当てはめて、画素より細かく読みます。
大気のゆらぎとカメラ
長い露出の星像の広がり(シーイング)は、モファット分布で畳み込みます。β = 4.765 で、大気の乱れの理論から求まる長時間露出の像に近くなります[12][13]。
計算した像は、カメラの画素の大きさに合わせて面積で積分します。明るい星の芯はすぐに飽和し、飽和させるほど暗い光条が見えてきます。
計算の方法
- 開口の格子: 最短の波長で口径を約 930 標本、FFT は 1024 × 1024
- 焦点面の範囲: FFT の中央の半分。外へ伸びた光条が反対側から回り込まないようにする
- 開口の縁とスリット: 標本の広さでぼかし、ぎざぎざが偽の回折を生まないようにする
- 波長の帯: 帯の幅の分だけ像を半径方向に引き伸ばして足し、光条の色を連続にする
- 計算の分担: 波長の帯を複数の Worker に分ける。操作中は 6 帯で計算し、止まってから 16 帯で描き直す
- 光の当たる所のずれ(グラフ・横から見た図・穴の像の位置): 区画の重心と、収差の波面の勾配の平均から、幾何光学で求める
考えていないもの
- 屈折望遠鏡の色収差(波長ごとの焦点の違い)
- マスクの板の厚みと、スリットの縁での反射
- 短い露出での像の揺れ(スペックル)
- 星の光子の数による雑音と、カメラの読み出しの雑音
このツールで決めたこと
- 既定の望遠鏡(口径 100 mm、焦点距離 700 mm の屈折)とカメラ(画素 3.76 µm)、シーイング 2″
- 区画の間の桟の幅 3 mm、スリットと桟の幅の比 1:1
- 斜めのスリットの向きの既定: 2005 年の原図の向き。逆向きにも切り替えられる(現在の生成器の標準は確かめられなかった)
- トライ・バーティノフの扇の中で、外寄りと中心寄りの区画を分ける半径: 0.55 R
- 光条の位置の測り方: 光条に直交する断面の明るさの重心。窓の中心を推定した位置に合わせ直して繰り返す
- 星像の大きさ(HFD): 光の半分が入る円の直径。グラフでは、合焦の HFD とボケの円(径 |Δz|/N の HFD)の 2 乗和で近似
- 露出 ×1: マスクなしで合焦した星像の最も明るい画素が、リニアで 2500 倍飽和する明るさ
- ピントの位置の目盛りの範囲: 臨界焦点範囲の約 7.5 倍を切りのよい値にしたもの
- ニュートン式のスパイダー: 幅 2 mm を 4 本
- 収差の大きさ: ゼルニケ多項式の係数(RMS、λ = 550 nm を単位)
- 画像のマスク: 画像を 512 × 512 の正方形に収め(縦横比は保ち、余りと透明な所は黒)、しきい値の前後 ±4 % の明るさで境目をぼかす。開き直したときのため、256 × 256 にした明るさをブラウザに保存する
- JWST の形: セグメントの形の誤差は入れず、支柱は中心を通る直線とした。副鏡の影は中央の穴に収まるので描かない
出典
- フラウンホーファー回折、点像の強度J. W. Goodman, Introduction to Fourier Optics, 3rd ed., Roberts & Company, 2005
- バーティノフマスクを付けた望遠鏡の像のフーリエ光学による計算、波長ごとの像の和J. A. van den Born, W. Jellema and E. Dijkstra, “Demonstration of an imaging technique for the measurement of PSF elongation caused by Atmospheric Dispersion,” Mon. Not. R. Astron. Soc., vol. 512, no. 4, pp. 5812–5822, 2022, doi:10.1093/mnras/stac845
- ピントのずれの波面 、レイリーの基準による焦点深度J. C. Wyant and K. Creath, “Basic Wavefront Aberration Theory for Optical Metrology,” in Applied Optics and Optical Engineering, vol. XI, Academic Press, 1992, pp. 1–53
- 等色関数の近似(多峰の区分ガウス)C. Wyman, P.-P. Sloan and P. Shirley, “Simple Analytic Approximations to the CIE XYZ Color Matching Functions,” J. Comput. Graph. Tech., vol. 2, no. 2, pp. 1–11, 2013
- バーティノフマスクの考案、斜めのスリットの角度P. Bahtinov,「フォーカシングマスクの一案」(原題はロシア語), astronomy.ru フォーラム topic 10421, 2005-09-22
- 周期の目安 f/s = 150〜200D. Sakva, “Revolutionary new way of focusing! No less!,” Cloudy Nights, 2008-07-27
- トライ・バーティノフマスクの形と角度C. Y. Tan, “A Tri-Bahtinov mask for SCT collimation and focusing,” Cloudy Nights, 2016-05-07、生成プログラムは GitHub cytan299/tribahtinov
- キャリー・マスクの形と角度“Carey Mask,” geoastro.co.uk, 2009-03-26
- ハルトマンの方法J. Hartmann, “Objektivuntersuchungen,” Zeitschrift für Instrumentenkunde, vol. 24, pp. 1–21, 33–47, 97–117, 1904
- シャイナーの円板C. Scheiner, Oculus, hoc est: Fundamentum opticum, 1619, Lib. I, Pars II, Cap. V
- 解析ソフトの光条のずれの式と合焦の判定N. Noordhoek, Bahtinov Grabber V17.0, 2011(ソースは GitHub wytsep/bahtinov-grabber に保存されたもの)
- モファット分布の β = 4.765I. Trujillo, J. A. L. Aguerri, J. Cepa and C. M. Gutiérrez, “The effects of seeing on Sérsic profiles – II. The Moffat PSF,” Mon. Not. R. Astron. Soc., vol. 328, no. 3, pp. 977–985, 2001
- 大気の乱れによる長時間露出の像の広がりD. L. Fried, “Optical resolution through a randomly inhomogeneous medium for very long and very short exposures,” J. Opt. Soc. Am., vol. 56, no. 10, pp. 1372–1379, 1966, doi:10.1364/JOSA.56.001372
- JWST の主鏡のセグメントM. W. McElwain et al., “The James Webb Space Telescope Mission: Optical Telescope Element Design, Development, and Performance,” Publ. Astron. Soc. Pac., vol. 135, 058001, 2023, doi:10.1088/1538-3873/acada0
- JWST の星の像の光条(6 本と、縦の支柱による横の 2 本)J. Rigby et al., “The Science Performance of JWST as Characterized in Commissioning,” Publ. Astron. Soc. Pac., vol. 135, 048001, 2023, doi:10.1088/1538-3873/acb293
- JWST の開口の模型(セグメントの大きさ・隙間・支柱の幅と向き)prysm documentation, “Segmented Systems”(prysm.readthedocs.io)